カブトムシ

僕の車は、ポンコツだ。 

車が欲しくなって中古車屋を巡ってる時に、目に止まったビートル。 

塗装も剥げて、錆が浮いてきて、部品取り用に置いてたのを無理矢理買ってレストアした。今じゃ部屋にいる時間より、ビートルのシートに座ってる時間の方が長いかもしれない。
こないだ、2年間使わずに貯めたボーナスでシートを本革にしたばかり。もう、かなりお気に入り。 

「いつもホコリ臭いよね。この車」 

そうやってカナは僕の愛車をけなす。いつもそうだ。二言目には愛車をケチョンケチョンにけなしだすんだ。その度に僕は唾を飛ばして反論する。この車がいかに名車であるか、生産はメキシコで、はるばる海を越えて日本にたどり着いて、僕と巡り会ったんだよ、なんて目を三角にして怒鳴る。カナはそれを呆れた目つきで眺めて、最後に一言「オタクめ」
「うっさいよ!人の愛車けなす奴よりよっぽどましだ」
「それよりご飯どこで食べるの?」
「飯なんて食う気になるか」
「じゃあ、また今度ね!」
そう怒鳴ってから助手席のドアをバタンと叩き付けて、
カナは横断歩道を走って渡っていった。 


僕は煙草をふかして、近くに停めてあるビートルを眺めてる。
ビートルを見かける度に、5年前を思い出す。
今日は連休を利用して、カナと二人、小旅行に出てきた。
連休と言っても4日だけなので、知り合いがやってる海沿いのペンションで一泊二日。なんだか不倫カップルの逢瀬みたいな感じがしてちょっと照れくさくもあり、ワクワクもする。
カナと付き合って、もう3年。お互いの痒いところも判る。たまに喧嘩もするけれど、きっとそれはお互いの愛情の再確認。喧嘩して5分もしたら仲直り。 

春も半ばを過ぎ、空気が湿気を帯びてきて、夏の気配がしてくる。
僕は暑いのは大嫌いだけど、夏の夕方の、適度な湿気を持った風は好きだ。
「おにぎい、食べう?」口にごま塩をまぶしたおにぎりを頬ばりながら、
僕に海苔を巻いたおにぎりをカナが差し出してきた。
「口にモノいれて喋るなよ」僕は笑いながらそれを口で直接かぶりついた。
「久しぶりに旅行だね。なんかワクワク」カナはいつもより上機嫌。
僕の仕事が忙しくて、まともに会う事もかなわなかったから、当然かも。 

僕はさりげなく、ダッシュボードに隠しておいた、
とっておきのプレゼントを渡すことにした。
「ダッシュボードにいいものあるから、みてごらん」
「なあにさぁ!」ビックリして、ちょっと喜んだ表情でダッシュボードを探るカナ。
指輪の箱が見えた。「これって・・・?」
「そろそろ、いいかなって思ってさ・・・」
言ってる時、僕の耳はもう、ピンク色だったかもしれない。
いや、真っ赤かな。
「ありがとう・・・」そのときのカナの笑顔はきっと一生忘れないだろう。 

「泳ぎたいな!」カナはいつも突拍子もない事を突然言う。
「おいおい、まだ夏じゃないんだから。水着だって持ってきてないだろ。」
笑いながら答える。
目の前は浜辺。地元の子供たちが波と戯れている。
さっきからその風景を眺めていた。
「でも、せっかく海に来たんだから、ちょっと浸かるくらい、いいじゃない」
カナは上目遣いで僕に「おねだり」のサイン。
「仕方ないなぁ。5分だけだよ」そう言って僕は車から降りる。
後部座席のスライドドアを開いて、僕はたたんである赤い車椅子を下ろす。
助手席に回り、彼女を抱えて車椅子に乗せると、
浜辺近くまでゆっくりと押していった。 


5年前、僕はビートルの助手席にカナを乗せ、
深夜の国道をドライブしていた。
ポンコツなので、スピードなんて出ないから、
制限速度よりちょっとオーバーしてたくらいだ。 

なんて事ない、1秒足らず、
カナの笑顔を確認しようと振り向いただけだった。
僕は気を取られて内回りのカーブで対向車線にはみ出した。
その時、対向車線には2tトラックが。 

僕のビートルは左ハンドル。
気付いてハンドルを切ったけれど、助手席まではかわせなかった。 

幸いシートベルトをしていたので、命に別状はなかったけれど
助手席に座っていたカナは、両足の自由を失った。 


僕はカナを背負いながら、波間に足を浸した。
カナは自分が波と戯れてるかのようにはしゃいだ。
僕は体力を使い果たし、砂浜にカナといっしょに倒れ込んだ。
「いったあい!」尻餅をついたカナは腰をさすりながら僕を睨んだ。
「ダイエットしようよ。協力するからさ」僕はにやりと笑い返す。
「このやろう!」砂をひと掴み僕に投げつけた。ちょっと口に入った。 

「ねえ、あの車、いつまで乗ってるの?」
突然話を変えるのもカナの悪い癖だ。
「車検が今年の12月だから、もうそろそろ変え時かもしれないな」
「じゃあ、次の車考えてるの?」
「そうだな、次もまたバンかな。色々便利だし」
カナは浮かない表情だ。「何か乗りたい車でもあるの?」
カナが車のこだわりを見せた事がなかったので、
僕は不思議に思って聞き返した。
しばらく考えていたが、カナは言った 

「ビートルがいい」 

僕はびっくりして、しばらくアホ面をして
カナの顔を見ていたけど、次の瞬間思った。
やっぱり僕には、ビートルとカナが一番似合う。
旅行から帰ったら、知り合いの中古車屋に
右ハンドルのビートル探索の電話でも入れよう。